ロバート・リッチモンド氏(ハワイ大学教授、海洋生物学者)
ーー Q:日本政府は福島第一からの汚染水、政府は処理水と呼んでいますが、その海洋投棄に対する反応を伺えますか?海洋生物学者から見てこれはいいアイデアですか?いかがでしょうか?
私はよくないアイデアだと思います。
私はオーストラリアとニュージーランドを含む18カ国からなる太平洋諸島フォーラムの専門家パネルの一員として、この問題を1年半にわたり研究してきました。
昨年2月にはフォーラムの一員として福島を訪問しています。
膨大な資料を検討し、外務省や経産省、東電の代表者からの聞き取りの結果、現時点ではこれは間違った判断だと確信しています。
提供されたデータは将来にわたりこの計画を支持するには不十分であり、海洋科学者の懸念とは真逆の行動です。
まず一般論として海の健康状態はすでに大きく損なわれていて、海と人々の健康には明確な関係があるということです。
44年間、私は太平洋諸島で自然環境が人間の健康といかに密接に結びついているかを研究してきました。
その結果、陸で無用になったものの捨て場として、海を使い続けることはできないし、海がこれらの継続的な
汚染物質やストレス要因に耐えられるとは、とても考えられません。
私は生物学者として、生物が様々なストレス要因にどのように反応するかを研究していますが、今回の投機はまっさらなキャンバスに絵を描くのとは違います。
海はすでに重金属や水銀からプラスチック、農薬まで様々な汚染物質によって劣化しているからです。
そこにさらなるストレスを加えることはより間違った方向に進むことになります。
国連は、最近この10年を「海の10年」と宣言し、海の現状や海に依存する人々がいることへの理解を進めていますが、IAEAはその国連の一部です。
6月には193カ国が水質と汚染削減に焦点を当て国境を越えた問題に取り組むための新たな国連公海条約に署名しています。
日本政府の計画は最近調印された「国連海洋10カ年条約」の精神に真っ向から反するものです。
太平洋諸島フォーラムは2050年までの海のあるべき姿を「2050年青い太平洋戦略」に描いています。
その意味からも、
放射性核種で汚染された汚染水を太平洋に放出し続けることは間違っています。
放射性核種は海洋生物に取り込まれる可能性があり、食物連の最下層に位置する植物プランクトンや小さな藻類からマグロのような大型魚類へと移行する過程で生物濃縮され、人体のほか牡蠣やロブスター大型のマグロなどの魚介類に取り込まれていく可能性があるからです。
震災が起きた2011年にはその後1年以内にカリフォルニア州サンディエゴで漁獲されたマグロから福島由来のセシウム137が検出されました。
マグロは何年も生き、その間、放射性物質を取り込み続けます。
放射性核種によるベータ線被曝は、皮膚や衣服が電離放射線を遮ってくれる外部被曝とは大きく異なります。
いちど汚染された魚介を体内に摂取してしまうと、体内の細胞は保護されず、DNAの損傷やRNAの損傷など生物の生存や健康にとって非常に重要なことが起きてしまいます。
直ちに至らなくても海洋生物や人々に悪影響を与える場合があるため、準致死的影響と呼ばれるものに注意しなければなりません。
そのような理由から私はこの計画に強い懸念を抱いています。
ーー Q:日本政府はALPSにより汚染水が濾過され、トリチウム以外の放射性物質は除去されていると説明しています。その水は国際的な安全基準を満たすレベルまで希釈されているので、人体や環境絵の影響は無視できると言います。その説明を受け入れますか?
受け入れません。
トリチウムは懸念される放射性核種の一つですが、私にとっては必ずしも最も懸念される核種ではありません。
しかし、トリチウムも有機結合の形で埋め込まれた状態になることはあります。
そしてトリチウムが有機的に結合すると体内に蓄積されます。
トリチウムの危険性についてはまだ議論があり、日本政府は他の原子力発電所からもトリチウム水が放出されていると主張していますが、他所で悪いことをしているからといって自分も悪いことをしてもいいことにはなりません。
私たちは海洋投棄のために海を使い続けるのではなく、トリチウム問題への新たな対応方法を見つけることで今とは正反対の方向に進むべきなのです。
日本とIAEAはそのための絶好の機会を逃してしまいました。
大地震は新たな対策を考えるチャンスでした。
私たちは皆東日本大震災で失われた命と発生した被害の恐ろしさを経験しています。
しかし、その経験は次の災害に対する対処法を変えるチャンスでもあります。
原発事故はこれが初めてではないし、これが最後でもないでしょう。
福島は、チェルノブイリ原発事故に次ぐ史上2番目の大惨事でした。
しかし、この2つの事故の違いはチェルノブイリが放射性物質を陸上と大気に放出したのに対し、福島は主に海洋に放出していることです。
しかしなぜIAEAや日本はこの大惨事を新たな廃棄物や事故の副産物を除去管理する方法を考える機会として利用しないのでしょうか。
トリチウムも問題ですが、私はセシウム137や、ストロンチウム90、コバルト60、ルテニウム106のような放射性物質の方がずっと心配です。
これらの放射性核種についてはアルプス処理後のデータも一貫していません。
ストロンチウムは骨に入り込むためボーンシーカー(骨親和性)と呼ばれています。
人の骨は特にデリケートな部分であり、血液細胞は骨髄の中で常に生成されています。
その結果、電離放射線はDNAの損傷やRNAの損傷、非常に繊細なシグナル伝達タンパク質の損傷などを引き起こす可能性があります。
骨は代謝から免システムに至るまで全てに関与しています。
IAEAが認められた基準に合致していると言っても、その基準は何年も前のもので、現在はこうした非常に微妙な致死的影響を調べるためのより優れた技術があります。
日本の領土内にとどまることなく海流や海洋生物を通じて太平洋全域に広がります。
少なくとも30年以上にわたり放出されることになるため、これは世代を超えた問題でもあります。
このような理由から私たちの専門家委員会は汚染された水のコンクリート固形化を検討する良い機会だと考えています。
福島の現場を見たとき、このような災害を防ぐ高い防潮堤を築くためには、多くのコンクリートが必要であることを痛感しました。
東電はこの事故が起きる何年も前から安全プロトコルに不備があることを知っていたのに、責任ある行動を取りませんでした。
そのためメルトダウンした3基の原子炉から地下水を排除するために地下に凍土壁を築こうとしました。
凍土壁をコンクリートに置き換えることができます。
その壁は台風やひどい防風に見舞われても、海に流されない安定したものでなければなりません。
コンクリートに汚染水を使うことで、より短い期間で汚染水を使い切ることができます。
我々の計算では7年から10年で使い切れると見ています。
こうすれば汚染水が国境を超える懸念も解消し、海洋生物への脅威も取り除かれます。
東電が「ALPS処理された水は完全に安全だ」と言っているのであれば、それは嘘です。
もしそれが本当ならば、なぜ汚染水を敷地内に保管することにこだわり、最初から太平洋に流れ出すことを許さなかったのでしょうか。
ーー Q:放射性物質を希釈することに意味はあるのでしょうか?
政府はトリチウム水を国際的な基準まで希釈していると言いますが、教授は先ほども生物濃縮にも言及されています。汚染水を希釈することで安全性は高まるのでしょうか?
トリチウムは水素なので、海洋で希釈されます。
これは他のすべての放出にも使われる言い訳ですが、福島の冷却水は適切に稼働する原発から放出される冷却水とは全く異なることを指摘する必要があります。
それは核燃料やそのデブリに直接触れた水で、適切に稼働する原発で熱交換機を通過しただけの水とは大違いです。
トリチウムは有機的に結合する可能性があるため懸念されますが、その他にも汚染水の中には10から12種類の放射性各種が含まれています。
福島第一原発の冷却水から確認された放射性核種は全部で62種類あり、そのうちのいくつかは半減期が非常に短いため無視できるものです。
もし海が無菌容器のようなグラスファイバーやガラスでできた入れ物であれば、科学的に希釈することで海の体積と放射性各種の濃度を簡単に計算することができます。
この背景のような珊瑚礁などの生物学的生態系では、希釈とは真逆の食物連鎖を通じた生物濃縮が行われます。
希釈すれば、汚染が解決するというのは、冗談のような考え方です。
放射性核種が生体内に取り込まれる懸念があるのです。
東電が実施した放射線生体影響評価は不十分で、多くの放射性核種をカバーしていません。
モニタリングというのは何が起こっているのかを監視するということで、問題を防ぐものではなく、単に問題が発生した時に教えてくれるものです。
そのため海洋生物学者として私が常に遵守している予防原則に則れば、生物に影響を与え魚介類を通じて人にも影響を与える放射性物質を大量に放出することは許されません。
それが論理的に最善の方法であり、代替案もありますが、日本政府と東電はこの問題に本気で取り組んできませんでした。
ーー Q:生物濃縮に加えて、有機トリチウムについても教えてください。
トリチウムの半減期は短いですが、いったん生物の体内に入ると、有機的に結合し体内に長期間留まることが知られています。
体内に入ったトリチウムはなぜ水とは異なった動きをするのでしょうか?
良い質問です。
*obtと呼ばれる有機的に結合したトリチウムは問題です。
obtは有機物や堆積物、藻類生物と結合することができます。
それは外部被ばくとは大きく異なるものです。
*OBT Organically Bound Tritium、
植物中に取り込まれたトリチウム水は、光合成により有機化されると、葉、実および根などに蓄積される。
このように組織と結合したトリチウムは有機結合型トリチウムと呼ばれる。
https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_2269.html
トリチウムを飲料水基準以下に希釈しているという話を繰り返し聞きますが、トリチウム水を飲むだけならトリチウムは数日で体内から出ます。
それとトリチウムが有機的に結合したものを摂取するのとは、わけが違います。
あなたが指摘したトリチウムは「非可溶性トリチウム」と呼ばれ、魚の肝臓の中で500日以上、つまり2年近く生物学的に存在し続けるという研究結果があります。
トリチウム入りの水を飲むことと、有機的に結合したトリチウムを体内に取り込むことを比較するのは、不適切です。
特に肝臓のような脂質部位に、結合しやすい性質を持っています。
トリチウムは低レベルのベータ線しか放出しませんが、一旦体内に入ると体内の細胞はベータ線を浴び続け、DNA損傷やRNA、シグナル伝達のタンパク質などを傷つけます。
放射線に長期間さらされればさらされるほど癌に罹患する危険性が高まります。
ガンなどの症状はすぐには現れませんが、何十年もの月日を超えて、地域だけでなく、世代をも超えて現れてきます。
今回は、どれほどの期間、汚染水を放出することになるのかも考慮しなければなりません。
このような疑問はすべて環境にとっても、海に依存する人にとっても大きな懸念ですが、我々の指摘は無視されてきました。
ーー Q:今回の海洋投棄は、世界の国々にとってどのような意味を持つのでしょうか?
放射線の確率的影響の一つにある種のガンを誘発するということがありますが、ガンの発生などが確実に起きるまでには時間がかかります。
そのため今は何も問題がないかのように無視することができても、将来問題が起きる可能性があります。
もちろん直ちに大勢の人が死ぬようなことにはならないでしょうし、これで世界が終わるわけでもありません。
しかし、海はすでに気候変動や公害乱獲の影響を強く受けています。
海洋は世界中の何十億人もの生活を支えており、海洋の健全性の低下は彼らの経済や漁業文化に影響を及ぼしています。
これは人権上も大きな問題ですし、国連も同じ立場です。
私は個人的に1950年代から60年代に行われた核実験で発生した放射性核種が魚介類や植物に取り込まれ、食物連鎖を通じて人体に取り込まれるのを太平洋地域で目の当たりにしてきました。
そのため、もしかすると私は放射能に汚染された土地で暮らしたことのない科学者よりも放射能に敏感なのかもしれません。
しかし、海洋放出は間違った政策であり、率直に言って無責任です。
なぜ日本やIAEAは今回の悲劇的な震災を次の世代により良い未来とレガシーを残すことに使わないのでしょうか。
これを絶好の機会として、この種の事故への対処方法を改善しない理由が私には分かりません。
ーー Q:ありがとうございました。次はぜひ沖縄の珊瑚礁についてお話を伺いたいと思います。
教授は珊瑚の権威だと聞いています。
私も琉球大学で研究したことがありますが、沖縄には素晴らしいサンゴと素晴らしい研究者がいます。
喜んでお話ししますよ。
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