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三宅純さんの「女達の君が代」〜イヴの娘たちの魔法の歌

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三宅純さんのアレンジによる
リオオリンピックの閉会式の
ブルガリアンヴォイス・ヴァージョンの「君が代」は、
世界中の多くの人々の心を震わせましたね。

純さんとブルガリアンヴォイスは、
すでに長い関わりがあり、
過去のアルバム『Stolen from strangers』(2008)と
『Lost Memory Theatre - act-1 』(2013)にも
bulgarian symphony orchestra、
Cosmic voices from Bulgaria の
素晴らしい演奏、歌声が収録されています。


2014年9月27日にパリLe 104でおこなわれたコンサートの実況中継

昨年から不穏な出来事が頻発するパリを拠点とする純さんが、
エアフランスのストに悩まされながら、
今年6月24日に、どうにかブルガリア、ソフィアに飛ぶことができ、
ブルガリアンヴォイスの収録を行っていたことは、
ツイッターでチェックしていましたが、
その内容は極秘扱いであるのことでした。

これが、リオオリンピックの
閉会式の「君が代」のためであったとは!

その音楽的事件は、
不意打ちでやって来ました。

小刻みに震え響き渡る魔術的不協和音の女達の歌声が、
凶暴さを剥き出しにして破滅へと暴走する
狂ったこの世界の前に立ち開かり、
透明でしなやかな網を投げるかのようでした!

リオオリンピックは、
ブラジルでは過半数の国民が開催を反対していました。
経済不況、政治の腐敗、格差…
人々の嘆きと怒りのすぐ隣で強行されてしまった
内実とはあまりにも不釣り合いな華やかな祭典オリンピックは、
裏金工作の不正誘致を行ったという疑惑が発覚した
東京に、本当にやって来るのでしょうか?


2015年4月25日 小出裕章先生
(14:17〜)
「1号機、2号機、3号機は原子炉が溶け落ちてしまい、
 その溶け落ちた炉芯が、今現在、どこにあるのか?
 どのような状態で存在しているか?
 誰も解りません。」
(19:52〜)
「安倍さんは、何よりも経済最優先だ、ということで、
 オリンピックを誘致しようとしています。
 そのために、福島の第一原発はアンダーコントロールだ。
 と彼は言ったわけですが、残念ながら未だに苦闘は続いていますし、
 これから労働者がどんどん被曝をしながら、
 何年も何十年も闘わなければいけないという
 状態になってしまっています。」〜〜

日本の現状の真実は、小出先生が指摘された通りであり、
さらに、日本は、今年2016年4月14日、
熊本地震に襲われましたが、
再稼働されていた九州電力・川内原発は、
地震の影響はないとして通常運転を行い、
四国電力・伊方原発3号機も、この8月12日に再稼働してしまいました。

リオから引き継がれる2020年東京オリンピックを予告し、
開催の既成事実をまた一つ積み上げた
リオオリンピックの閉会式のショーは、
非常に皮肉な暗示に富んでいたと思います。

マリオに扮した安倍総理は、
赤い玉を持って、
日本から地球の裏側ブラジルに、
ドリルで地球を真っ直ぐに突き抜け土管から登場しました。
この演出は、まさに、福島第一原発事故によるメルトスルー、
チャイナシンドロームならぬ、リオシンドロームを想起させました。
安倍総理は、喜劇的に現実のスリラーを表現してしまいましたね。
マリオは、安倍晋三にこそ相応しい役だったと思います。


『君が代』のパフォーマンスをもう一度よく見てみると、
「赤い丸(生命)」を取り囲み形作っていくドレスを着た丸い頭の「女の子のロボット」は、
ミトコンドリア、 "イヴの娘達" ではないでしょうか?
彼女達は、生命を育み守っているのです。ラブラブ
ミトコンドリアは、細胞の中にありエネルギーを生み出す器官。
独自のDNAを持ち、子どもには母のミトコンドリアが受け継がれる。父からは遺伝しない。


しかし、そこに降り注かれた歌声は、
日本の国歌「君が代」という概念を超えて、

まるで、東から西から、過去から未来から、
イヴの娘達の魂が馳せ集い、
リオと東京の間の ちょうど真ん中に位置する
東欧のブルガリアの女達の声を借りて、
この世に、代々、生まれ育つ子供という子供を抱き寄せ、守り、
襲い来る悪霊を祓い、平和を祈念する魔法の呪文を
朗々と唱えるかのようでした。
君が代は、千代に八千代に、さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで…


君が代 = Your generation
の中に埋もれた記憶…

私たちのDNAの折り紙に畳まれて
ひっそりと潜み、あるはずなのに、
失われた記憶…

日本語という言語は、
北東アジアから中央アジア、西アジアから東欧にかけての
広い範囲で話されているアルタイ諸語の内のツングース語、
そして、台湾から東南アジア島嶼部、太平洋の島々、
マダガスカルに広がるオーストロネシア語との、
混合言語であると言います。

私たちのコトバが、西北から、そして、東南から
寄せる波のように音連れたもの達の記憶を留めているように、
母性遺伝するミトコンドリアDNAには、
幾代もを経た、命の長い旅の記憶が、
私たちの意識の下で息付いているのです。

そして、
後に「君が代」と名付けられ国歌となった
名も無き木地師が詠んだ日本の古の詩が、
1000年の時を経て、
思いがけず、
東欧の女達の歌声を通じて音楽となる時、
私たちの埋もれた無数の記憶が放卵を始める…

ある匂い、ある風景、
ある音と共に、
あたかも、その記憶の迷宮の一個の小部屋の扉が開かれ、
小さな鈴がチリンと鳴ったような感覚が、
通り過ぎることがないでしょうか?

そして、一生に何度かは、
ある何かに触れ、
その迷宮の小部屋、全身の細胞の中の記憶の扉が開け放たれ、
31億個の鈴が、次々に連鎖して震え出し、
一斉に鳴り響くような経験を
したことはないでしょうか?

2016年夏、
失われた記憶が流れ込む「劇場」があるとしたら、
それは、リオのオリンピックの大舞台でした。

純さん自身が、
"もはやライフワークとなった " と語る作品、
『Lost Memory Theatre 』(失われた記憶が流れ込む劇場)は、
act-1 act-2と続いてリリースされ、
この音楽を元に、白井晃氏の脚本演出によって舞台化もされました。
作曲家であると同時に、ジャズトランペッターとして、
また、指揮者として、舞台にも立ち続けるプレイヤーでもある
三宅純さんの「劇場」に目が離せません。


三宅純〜
「特定の場所と深く結びついている記憶がある。
 その特定の場所が、予告も無く姿を消してしまう事がある。
 リンクを断ち切られた僕らの記憶は、どこに迷い込 んでしまうのだろう。
 どこかに失われた記憶が流れ込む劇場があったとしたらどうだろう?
 記憶を渇望するブレードランナーのレプリカントのように、
 そこには 記憶に焦がれた人たちが集まり、その記憶の疑似体験をしていく。
 そこで流れている音楽はどんなものだろう?
 過去にあった音楽そのものではなく、
 失われた記憶を喚起するような音楽とはどんなものだろう?」




採譜してボーカロイドに歌わせたものも出てきました♪







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